Notalune

二十年ぶりのピアノ、譜読みはどこから始めるか

いちばん確実なのは、自分の記憶よりも易しい楽譜から始めることです。ゼロからのやり直しではありません。同じ月に、二人がピアノに戻ってきたとします。ひとりは初日の夜に、高校生のころに弾けていた曲を印刷しました。ドビュッシーの「月の光」です。もうひとりは、娘がいまレッスンで使っている教本を借りて、夜に二行ずつ読みました。三か月後、ひとりの譜面台には同じページが載ったままで、鉛筆の書き込みだけが増えています。もうひとりは教本を一冊終えて、二冊目に入りました。私がやったのは、印刷したほうです。

二十年たっても残っているもの

二十年ぶりに鍵盤の前に座ると、たいていは同じところで驚きます。手のほうが先に動くのです。目の前の音符の名前がまだ言えていないのに、指はだいたいその辺りへ行きます。高い音なら右、低い音なら左という見当は、まだ体に残っているのです。

残っているのは体と、形の感覚です。音の並びが上がっていくのか下がっていくのかは、いまでもひと目で分かります。薄れたのは、名前を取り出すところだけです。名前が出てこない。出てきても遅い。とくに、めったに出てこない音と、ヘ音記号の下のほうがそうです。

使わずにいれば、名前は静かになっていきます(なぜ忘れるのかは別に書きました)。珍しいことではありません。子どものころに積んだ読譜の経験は、大人になってからの読譜力を予測する要因のひとつだと分かっています。いま戻すことになるのは、その取り出しのほうだけです。

最初の三週間は、易しすぎるくらいでちょうどいい

いちばん高くつくのは、たぶんプライドです。自分が何を弾けたかを覚えているので、最初の夜にそれを印刷します。そして一音ずつ拾う速さしか出ないと、腕が落ちたと思って蓋を閉じる。起きていたのは、いまの読む速さでは動かない楽譜を選んだ、それだけのことです。

「月の光」はベルガマスク組曲の第3曲です。弾きたくなる理由ははっきりしています。冒頭がとても静かで、しかもはっきりした拍の上から始まらないので、最初の数小節はどこが一拍目なのか耳では決められません。進むにつれて分散和音がひらき、鍵盤の端から端へ波のように広がります。夜に小さな音で弾くと、部屋のほうが静かになる曲です。

手を置いてみると、重いのは腕のほうです。鍵盤の端まで動いているあいだ、音をずっと弱いまま保たなければなりません。速い曲ではないのに、腕が疲れます。そのうえでページの頭を見ると、変ニ長調、フラットが五つ並んでいます(調号の読み方はこちらに)。拍子は8分の9で、速度標語は Andante très expressif です。拍がわざと隠してある楽譜を、読む力が戻りきる前に開くことになります。弾きたいと思うのは当然です。そこから始めるのが高くつきます。

二十年前の楽譜がまだ手元にあるなら、この三週間はそれがいちばんいい教材です。表紙に子どもの字で名前が書いてあるような楽譜です。耳がもう先を知っているので、目が一音ずつしか進まない場面でも、音楽のほうが読みを引っ張ってくれます。手元になければ、子どもの教本を借りるので十分です。

夜に十分だけ

私の場合、効いたのは二つだけでした。ひとつは、夜に十分だけ読むこと。この十分は、弾く時間とは別にしていました。読む範囲を二行と決めてしまえば、疲れた夜でも楽譜は開きます。

もうひとつは、出てこない名前をそのままにしないことです。夜にひとりで弾いていると、確かめる相手がいません(ひとりで確かめるやり方)。名前が消えていること自体は普通のことで、消えたままにしておくかどうかだけは、自分で決められます。

どれくらいで戻るのかは、私には言えません(時間の話はこのページに)。私自身は、すべての音符を並べた表を印刷して譜面台に立てかけたところから始めました(そのときの話)。その表を最後にいつ見たのかは、自分でも覚えていません。

二十年を無駄にした初心者ではありません。作り直しているのは取り出す速さのほうで、土台は子どものころに一度作り終えています。あのとき終えた仕事より、こちらは小さい仕事です。


書いたのはiOSアプリNotaluneの作者です。忘れた音符ひとつで練習が止まらないように作りました。手持ちの楽譜を撮影すると、音符の上に音名が出ます。私が Notalune を作ったのも、ちょうどこの時期のためでした。昔の楽譜を一ページずつ撮っては、音符の上に名前を貼り直していく使い方になります。 自信が持てないときは、推測せず空白のままにします。ひとりで読みたくなったら、ワンタップですべての音名を隠せます。ほかのガイドは学ぶにあります · ご質問はsupport@notalune.comまで。