Notalune

覚えたはずの音符を、また忘れてしまいます。普通のことですか。

はい、普通のことです。覚えた名前が消えるのは、身についていく途中で誰にでも起こります。12歳でやめたピアノに大人になって戻り、子どもたちの隣に座ったとき、音符をぜんぶ並べた表を印刷して楽譜の横に置きました。五線の上にはみ出す高い音と、臨時記号のついた音のためです。それでも、先週読めた名前が次の週には出てこない。その表を、作った本人が何度も見に行っていました。

先週は読めたのに、今週は出てこないとき

音符は、五線のどこにあるかで身につき方がまるで違います。ト音記号の段の真ん中あたりの音は、最初のうちに弾く曲のほとんどに出てきます。数えてはいませんが、一週間で何十回も目に入っているはずです。加線に乗った高い音や、ヘ音記号の下のほうは、そうはいきません。ひと月に二度しか出てこない音は、二度ぶんの回数しかありません。

台所の引き出しと同じです。毎日使う菜箸は手前にあって、年に二度しか出さない型抜きは、いつのまにか奥に沈んでいます。ちゃんとそこにあります。手前のものを出し入れするたびに、少しずつ後ろへ押しやられただけです。

先月、子どもたちが寝たあとにシューマンの「トロイメライ」を弾きました。『子供の情景』op.15 の第7曲。ヘ長調の4分の4拍子で、弱起で始まり、最初の一歩がドからファへ4度上がります。短い旋律が何度も戻ってきて、そのたびに和音の付き方が変わります。遅くて、静かで、なかなか終わろうとしません。今度こそ収まるだろうと待っていると、また別のほうへ開いていく。どこをどれだけ伸ばすかで弾く人の意見が割れるのは、たぶんそのせいです。左手は大きく開いたまま内声を保ち、その上を旋律が動きます。

こういうページでは、同じ音が何度も出てきます。二晩も弾けば、その音にいちいち名前は要らなくなります。ところが、ある一小節にだけ、曲を通して一度きりしか現れない音がある。来週消えているのは、その音です。毎晩出てくる音と、その一度きりの音。違うのは一つだけです。回数。

曲の途中で名前が消えたら

忘れたこと自体は、たいして痛くありません。痛いのは、そのあとにやることのほうです。二つあります。

一つめは、止まること。譜面台の横の表に手を伸ばして、目を離して探します。戻ってきたときには、さっきまでの四小節がもうつながりません。頭から弾き直して、二度目も同じ音で止まる。30分のつもりが15分で終わって、蓋を閉めます。

二つめのほうが、たちが悪い。心のなかで当てて、確かめないまま弾き続けることです。止まらないので、その晩は気持ちよく終わります。ただ、当てた名前は、正しい名前とまったく同じように手に染みこみます。四晩続けて同じ小節をその名前で弾けば、四晩ぶん深く入る。だからひとりで練習するときの確かめ方が要ります。

引き出しの手前に戻すには

奥に沈んだ道具を手前に戻すには、使うしかありません。音符なら、その音が出てくる音楽をもう一度弾くことです。いちばん楽なのは、曲に任せてしまうことです。一曲のなかで10回出てくる音には、何も決めなくても10回会えます。

ときどきは、好きかどうかとは別の理由で曲を選びます。ヘ音記号の下が毎回消えるなら、左手が長く歌う曲を一つ棚から出してくる。その音が住んでいるページを、自分で開きに行くしかありません。20年ぶりに戻ってきた人なら、その前にどこから弾き直すかという問題もあります。

それでも、全部が手前には来ません。3年に一度しか出てこない音は、3年に一度のままです。

いまでも、たいていの週にどこかで名前が消えます。違うのは、そこで晩が終わらなくなったことだけです。先週の火曜、下の子が自分の練習を終えて隣に座っていました。トロイメライの後半、左手が大きく開くところで名前が一つ消えて、確かめて、そのまま最後まで弾きました。子どもは途中で飽きて、自分の楽譜をめくっていました。


書いたのはiOSアプリNotaluneの作者です。忘れた音符ひとつで練習が止まらないように作りました。手持ちの楽譜を撮影すると、音符の上に音名が出ます。名前が消えた小節を、その場で数秒だけ確かめられます。奥に沈んでいた音が出てきた晩も、練習はそこで終わりません。 自信が持てないときは、推測せず空白のままにします。ひとりで読みたくなったら、ワンタップですべての音名を隠せます。ほかのガイドは学ぶにあります · ご質問はsupport@notalune.comまで。